【第17話】只今、妊娠16週4日(妊娠5ヶ月)
妻のお腹の赤ちゃんが、18トリソミーであることが確定した。
40歳の妻は、妊娠10週目に新型出生前診断(NIPT)を受け、陽性反応。そして妊娠13週目に確定検査となる絨毛検査を受け、やはり18番目の遺伝子に異常がみつかり18トリソミーが確定となったのだ。
18トリソミーの胎児はお腹の中で亡くなることが多く、生まれても長生きできないと言われている。そのことは、昨日の病院でも話を聞いた。
Wikipediaにも18トリソミーの統計があり、「妊娠中に50〜90%が淘汰されてしまう。無事産まれても生存率が低く、生後2か月までには半数が亡くなり、1歳まで生きられる生存率は10%程度」といったことが書かれていた。
こうしたことを踏まえ、僕たちは大きな決断を迫られていた。
それは……
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出産するのか、中絶するのか
タイムリミットは8日間。
人工中絶は、法律「母体保護法」で、妊娠22週未満(21週6日まで)と決まっている。分娩の予約を考えると、僕たちに考える余地はあまり残されていないのだ。
妻のお腹は徐々に大きくなり、妊婦らしい見た目になってきている。
この間、僕たちがすべきことは、とにかく夫婦で話し合いをすること。夫婦のいずれかが一方的に決めてかかっては行けない。それでは、のちに後悔することになってしまう。
また、同時に18トリソミーについての勉強も必要だ。無事出産できた場合、どのような介護が必要なのか? 生活はどう変わるのか? 僕たちは仕事を続けられるのか? そうしたことを、もっと知らないといけない。
先に書いたが、昭和大学病院で出会った先生方は素晴らしい方ばかりだ。遺伝カウンセラーさん、そして小児科の医師。ふたりの先生とはじっくりと話せたし、僕たち夫婦に寄り添ってくれながら様々な質問に答えてくださった。
「(中絶を)決めているのなら見なくてもいいけど、迷っているなら参考になる本があるので、読んでみますか?」
小児科の医師から、3冊の本をお借りした。
「命をくれてありがとう ぼくは18トリソミー」わたなべえいこ著
1歳になるまでに9割が亡くなってしまうという難病,18トリソミーの凱晴くん。お母さんの手による,感動のノンフィクション。 (日本児童図書出版協会)
まず1冊目。著者のわたなべえいこさんは、妊娠中にお腹の18トリソミーであることを知ります。わたなべさんは大変なショックを受けますが、お別れを覚悟しての出産を選びました。
そして、お子さん(男の子)が、無事に生まれます。さらに、すくすくと育っていくのです。もちろん治療や介護は必要ですが、献身的な妻と夫、そして上のお子さんの姿がそこにはありました。
僕が気になっていた、18トリソミーの赤ちゃんを家で育てることについても書かれている。
“お家に帰ったぼくは、呼吸器の生活になったけど、家族みんなからかわいがられ、たくさん抱っこしてもらい、とても楽しく過ごせていたよ。
ただ、「気管切開」のせいで、本当によくむせこむようになったり、吸引が増えてしまった。
パパとママは交代で、寝ずの介護をしてくれた。”
“眠れないということは、本当に大変そうだった。ママは眠気に負けそうな時は自分の顔をたたいたりつねったりして、眠気と必死に戦っていた。
それでもママは、どうしても眠気に負けてしまうことがあった。でもそれはとても危険で、ぼくの呼吸器が外れたり、だ液や痰で息ができなくなっていることに気づくのがおそければ、死んでしまう事もあるからだ。
ママは眠気に負けてしまった時は「なぜ起きていられない!」と自分をしかっていたんだ。”
(本書より引用)
……過酷。
介護をするパパやママがもし寝落ちしてしまったら、子どもは窒息してしまうかもしれないのだ。そのため、夫婦で交互に24時間介護をすることになる。
移動のための、特注のベビーカー(ベッド?)についても書かれていた。酸素ボンベを搭載し、子どもの喉につなぐ。点滴のように上からミルクを吊るして鼻から(?)注入。そしてアンビューバックを設置。アンビューバックとは、人工的に換気するための装置だ。
「いのちをつないで ぼくは18トリソミー」わたなべえいこ著
先の著書と同じ、わたなべえいこさんによる本。こちらは写真をたっぷりと掲載したフルカラーの本だ。子どもの様子、そしてわが子に向き合う家族の愛情がよりリアルに伝わってくる。
本記事最初に「18トリソミーの子どもが、1歳まで生きられる生存率は10%程度」と書いたが、なんと、わたなべさんのお子さんは、3歳の七五三を迎えている! 大変な苦労がありながらも、しっかりと育っている姿がそこにはあった。
“11月、ぼくは3さいの七五三をむかえることができた。
体が脳症の前よりも弱くなってしまったので、外にお参りには行けなかったけど、おうちで袴を着たんだ。みんな「カッコイイ!」って言ってくれたんだよ。”
(本書より引用)
本書には、脳症になった経緯や、それに奮闘する様子も書かれている。
急性脳症という病気にかかり、そのため身体が痙攣し、全身が石のように硬くなって呼吸が止まってしまった。それまでは、ママの声に反応したり、目の前で大好きなおもちゃを振ると目で追ったりしていたのが、脳が壊れてしまってその反応がなくなってしまったそうだ。
子どもの笑顔が見れなくなって、家族が悲しんだ。でも「泣くのはやめよう!」と奮起し、子どもには笑顔で接してあげよう心掛けるのです。
なかなかできる事ではないし、本当に素晴らしいご両親だと僕は感じた。
これは本書には書かれていないが、お子さんはその後も家族と暮らし、2014年に10歳で天寿を全うしたそうだ。このことはパパのブログに書かれている。パパもママも子どもへの愛情はとても深く、亡くなって数年が経っても、息子を思い出して、息子への愛を語っておられます。
「18トリソミー 子どもへのよりよい医療と家族支援をめざして」メディカ出版
緩和ケアか、積極的治療か、その治療方針が大きく分かれる18トリソミー。しかし近年、退院し、家族の中で豊かに育まれる子どもたちの姿が報告されるのに従い、子どもの生きる力に寄り添う医療のかたちが見えてきた。医学的管理から家族のサポート、療育、在宅医療まで、すべての道しるべとなる1冊。(メディカ出版)
- 18トリソミーの会 代表 櫻井 浩子 編著
- 山王教育研究所 臨床心理士 橋本 洋子 編著
- 信州大学医学部附属病院 遺伝子診療部 准教授 古庄 知己 編著
本書「18トリソミー 子どもへのよりよい医療と家族支援をめざして」は、医療従事者向けの専門書。3人の専門家による共著だ。ちょっとした電話帳のように分厚く、いかにも専門書といった体裁。
本を貸してくださった小児科の先生から、「専門的な部分は無理に読まなくても大丈夫です。18トリソミーのお子さんを持った親御さんへ行ったアンケートを読むと良いですよ」と、アドバイスをいただいていた。
- お子さんの一番のチャームポイントは?
- お子さんはどんなときに一番嬉しそうですか?
- 親御さんがうれしい、生まれてくれてよかったと思うのはどんなときですか?
- 大変だなぁと思うのはどんなときですか?
こうした「18トリソミーの会」が行った調査結果が掲載されていた。
“「ぱっちりお目々で、キョロキョロしているところ」「パパにそっくりなクリクリカールな髪の毛」「大きな目。というより全部、小さな口、ちいさなアゴ、全部かわいかったです」
「手を握って歌を歌いながら、手を動かしてやると、うれしそうな顔をしてくれた」「入浴時はいつも気持ち良さそうでした。抱っこしてあやしてもらっているときよりも嬉しそうだったかな」「母乳を直接するとき」
「全て!! いつでも!!」「息をしてそこにいるだけで」「24時間全てありがたかった。かわいくてかわいくて仕方がないです」
「せっかくオッパイを含ませてもらったのに、おなかにはいらないとき」「呼吸が止まったとき」「子どもが現実にいないことを思い知らされたとき。心が苦しい」”
(本書より一部引用)
命の選択に揺れる心。夫婦で毎晩話し合いの日々
NIPTで陽性反応が出た直後、僕も妻も堕ろそうと考えていた。辛い現実ではあるが、40代の高齢夫婦にも関わらずまだ妊娠できることがわかったので、「次のことを考えよう」と意識したからだ。
しかしNIPTの次の絨毛検査の数日前、妻は「産みたい気持ちがある」と口にし始めた。心境に変化が起きてきたのだ。
そんな妻と毎晩話し合った。
平行して本を読んだり、ネットで調べたりしながら。
でも容易には決断できない。
NIPTを受ける前は「陽性だったら赤ちゃんを諦めよう」と僕は考えていたし、妻もそう思っていたと思う。しかし、日に日に大きくなるお腹、エコー検査で映し出される赤ちゃん、そして妻の気持ち。そんな様子を目の当たりにすると、簡単には決断できないのだ。
数日前、妊娠16週3日にかかりつけの産婦人科で撮影した「4Dエコー」(超音波で立体的に撮影)の写真を見て、妻は「生きようとしている」「笑おうとしている」と言う。手を上げてこちらに振っているように見える。
NIPTは、日本で検査が開始された2013年当初から、「命の選択」について世間がざわついた。僕たち夫婦は、まさにその選択を迫られる当事者となり、その選択に苦悶した。
8日間、しっかりと考え、話し合った。
そしていよいよ、「産むのか、中絶するのか」の決断を病院に伝える日を迎えたのだ。
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