【第11話】只今、妊娠12週1日(妊娠4ヶ月目)
2歳の息子くんを、朝から皮膚科に連れて行った。赤ちゃんや幼い子供って、水分たっぷり、保湿も不要のうるおい肌だと思っていたが、皮膚が薄い分乾燥しやすいらしく、息子くんは肘や膝の裏、お腹や首回りがカサカサして痒がる。市販のベビークリームを塗っても良くならないので、病院で診てもらっているのだ。
息子くんは、病院が嫌いではない。待合室にある絵本やおもちゃで遊べるからだ。また、調剤薬局にもキッズスペースを設けているところが結構あり、これまで気づかなかったが、世の中にはいろんなところに子供を楽しませるものが溢れている。何事も、自分ごとにならないと気づかないものだな。
病院を後にした僕たちは、家族で「ナイヤガラ」というカレー屋さんへと向かった。
ここのカレーライスは息子くんの好物だ。新幹線のカレー皿に入っているのが嬉しいらしく、外食で初めて完食した記念すべきお店。「カレー屋さんへ行こう!」というと、「やった、やった!」と息子くんははしゃいでいる。
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かかりつけの産婦人科で、NIPT後初の定期検診
午後、そのまま家族でかかりつけの産婦人科へと向かった。
この病院にも大きなキッズルームがあり、オモチャや絵本がたくさんおいてある。僕と息子くんは、妻が診察しているあいだ、ここで待っていることにした。
妻には「僕が息子くんを見ているから、ゆっくり診察してもらってきて」と伝えたが、本音は違う。新型出生前診断(NIPT)の検査結果が18トリソミーだったこと、中絶を考えていること、胎児を映すエコーをまともに見れそうになかったことで、僕は逃げてしまったのだ。
重いことを妻に押し付けてしまった……と罪悪感を感じつつ、僕は息子くんと遊ぶことに集中した。大きな声で絵本を読んだり、走り回りながらオモチャで遊んだり。
妻の診察は結構時間がかかり、僕と息子くんはキッズルームで1時間ほど待つことになった。
超音波検査、所見は問題なし
超音波検査では、所見には問題なかった。「成長に遅れがあるとか、そういった様子が見受けられない」ということだ。まだ胎児の体長が2cmほどと小さいからかもしれないが。
所見に問題なし、は昭和大学病院とおなじ見立て。
元気に育ってくれているのを喜べないのは、悪いことを考えている気がしてくる。妻もきっと同じような、いやもっと辛いだろう。
そんなことを考えていると……
「あら、こんにちは」と、声が掛かった。
おなじ保育園で親しくさせてもらっているご家族がいた。1ヶ月前に第2子を出産したばかりで、1ヶ月検診のために来たということだ。「いや、実は僕たちも、もしかしたら……」と、僕は語尾をゴニョゴニョとにごした。
そのご家族はいつも優しく親切で、僕に対してそれ以上何も聞くことがなかった。
妊娠や出産を経験すると、いつも上手くいくとは限らないことを知っているからだろう。僕たちは彼女たちからハッピーな風をもらって、ちょっとだけ気持ちが明るくなった。
NIPTの再検査、確定検査で異常無しだったらいいのに……
2歳の息子くんは、ママっ子でいつもママが側にいないと眠れない。そのため妻が添い寝させているのだが、妻も仕事と家事を済ませて疲れているので、たいていは一緒に寝てしまう。
ただ、この日に限っては、息子くんを寝かしつけた後、夫婦で話をした。
妻は「あぁ……」と涙をためながら、深いため息。「やっぱり再検査で問題なかったって言われないかな。そればかり考えてしまう」。
18トリソミーの結果用紙を受け取ったあとの超音波検査。そして、今日の産婦人科でも超音波検査。いずれも赤ちゃんは元気に育っている。妻はつわりはあるが、まだお腹は出ていない。エコーで映し出された動いている赤ちゃんを見ることで、お腹の中にしっかりと命が息づいていることがわかる。自分は妊婦なんだ、と。
「子供を授かって、元気に生まれてきてくれるって、それだけで奇跡だし、とてもありがたいことなんだな」と、僕たちは、そんなことを話し合った。
具体的な話はどちらも発することはなく、お互いにまだできなかった。
そのとき僕は、「自分たちのように出生前診断を受けず、中絶ができる週数を過ぎてから、超音波検診で異常が見つかったり、生まれてからわかったりする人もいるんだろな」と、ふと考えた。
不幸中の幸いなのか、中絶するのか、出産するのか、僕たちには選択の余地があったのだ。